「あの人が辞めたら、うちは終わる」。
そう言える社員が、たいてい1人はいます。
40年の経験で、音を聞けば機械の不調が分かる。
図面を見ただけで、どこでつまずくか予想できる。
そんな職人の技術は、会社の宝であると同時に、最大のリスクでもあります。
この記事では、生成AIを使ってベテランの頭の中を言葉にし、社内に残していく具体的な手順を紹介します。
文中の会社と職人は架空です。地方の現場でよく聞く状況をもとに、こちらで構成しました。
マニュアルが作られない、本当の理由
技術継承の必要性は、どの社長も理解しています。
それでもマニュアルができないのは、いくつかの事情が重なっているからです。
まず、ベテラン本人が文章を書くのを嫌がる。
手はいくらでも動くのに、ペンを持った途端に止まってしまう人がいます。
次に、本人にとっては当たり前すぎて、何を書けばいいのか分からない。
熟練した人ほど、自分がどこで判断しているかを意識していません。
そして、目の前の仕事に追われて、まとまった時間が取れない。
並べてみると、どれも「書く」ところで止まっています。
書く作業さえ誰かが肩代わりすれば、話は前に進むということです。
実際、AIの活用は現場から最も遠いところで進んでいます。
中小企業基盤整備機構の調査(2026年3月公表)では、業務分野別のAI導入率は総務・管理部門が68.3%と最も高い一方、製造・生産部門は34.9%で最下位でした。
| 業務分野 | 導入率 |
|---|---|
| 総務・管理部門 | 68.3% |
| 営業・販売・サービス部門 | 60.3% |
| 経営・企画部門 | 58.5% |
| 製造・生産部門 | 34.9% |
出典: 中小企業基盤整備機構「中小企業のAI等の利活用に係る実態調査」(2026年3月)(https://www.smrj.go.jp/research_case/questionnaire/fbrion0000002pjw-att/202603_AI_point.pdf)
現場の技術こそ、いま最も手つかずの領域だということです。
裏を返せば、ここに手を入れれば、他社と差がつきます。
「話してもらって、AIが書く」に切り替える
やり方はこうです。
ベテランには、書いてもらうのではなく、話してもらいます。
スマートフォンの録音アプリで、作業中や休憩中に15分ほど話を聞くだけです。
質問は、若手や社長がします。
そして、その録音を文字にし、生成AIに整理してもらいます。
文字起こしは、スマートフォンの音声入力や、無料で使える文字起こしツールでも対応できます。
ChatGPTのアプリには音声入力機能があるため、話した内容をその場でテキストにすることも可能です。
何を聞けばいいか、もAIに作ってもらう
聞き取りで最も難しいのは、質問です。
「コツを教えてください」と聞いても、「勘だよ」で終わってしまいます。
そこで、質問リストを先にAIに作らせます。
あなたは、熟練技術者から暗黙知を引き出すインタビューの専門家です。
【金属部品の切削加工】を40年やっているベテラン職人に、15分の聞き取りをします。
技術を若手に伝えるための質問を12個作ってください。
条件:
1. 「コツは何ですか」のような漠然とした質問は入れない
2. 「失敗した経験」「やり直しになった原因」から引き出す質問を入れる
3. 「新人がよくやる間違い」を聞く質問を入れる
4. 五感(音・手ごたえ・見た目・においなど)に関する質問を入れる
5. 本人が話しやすいよう、雑談のような口調にする
6. 各質問に、なぜそれを聞くのかを一言添える
ここでは、成功談ではなく失敗談から聞きます。
熟練者は成功のコツを言葉にできませんが、失敗の話なら具体的に語れます。
そして、失敗を避ける判断の中にこそ、技術の中身が入っています。
録音した内容を、手順書に変える
聞き取った内容を文字にしたら、次のように依頼します。
以下は、ベテラン職人への聞き取りを文字にしたものです。
話し言葉のままで、順序もばらばらです。
【文字起こしを貼り付ける】
これを、入社1年目の社員が読んで作業できる手順書にしてください。
条件:
1. 作業の順番に並べ直す
2. 各手順に「やること」「気をつける点」「失敗したときの見分け方」を書く
3. 職人が話した言い回しは、できるだけそのまま残す
4. 説明が足りない箇所は、勝手に補わず【要確認】と書いておく
5. 最後に、この手順書だけでは分からない点を質問としてまとめる
効いてくるのは、条件の4つ目と5つ目です。
AIは、情報が足りない部分を想像で埋めてしまうことがあります。
【要確認】と書かせておけば、あとでベテランに聞き直すべき箇所がはっきりします。
そして5つ目で出てきた質問が、次回の聞き取りのテーマになります。
この往復を3回ほど繰り返すと、実用に耐える手順書ができあがります。
できた手順書を「聞ける相手」に変える
手順書は、作っただけでは読まれません。
そこで、もう一歩進めます。
できあがった手順書をAIに読み込ませ、若手が質問できる状態にするのです。
以下は、当社の【切削加工の段取り手順書】です。
【手順書を貼り付ける】
これから私が作業中に質問しますので、この手順書の内容だけをもとに答えてください。
手順書に書かれていないことを聞かれた場合は、「手順書に記載がないため、○○さんに確認してください」と答えてください。
推測で答えないでください。
「推測で答えないでください」の一文が、安全に使うための鍵です。
これがないと、AIは一般論を答えてしまい、自社のやり方と食い違うことがあります。
気をつけたいこと
まず、録音する前に必ず本人の了解を取ってください。
黙って録音すると、それだけで信頼関係が壊れます。
また、「技術を取られる」と感じさせない伝え方も大切です。
「あなたの技術を会社に残したい」「若手が同じ失敗をしないようにしたい」という目的を、先に率直に伝えてください。
多くのベテランは、自分の仕事が評価されていると分かれば協力的になります。
加工条件や独自の配合など、社外に出せない情報を含む場合は、AIの入力設定にも注意が必要です。
入力内容を学習に使わない設定があるサービスを選ぶか、数値を伏せて入力してください。
よくある質問
Q. 職人が協力してくれません。どうすればいいですか?
A. 最初から全体のマニュアル化を目指さず、「新人がよく失敗する1工程だけ」に絞って聞くと始めやすくなります。1本できあがったものを見せると、態度が変わることがあります。
Q. 動画で残すのではだめですか?
A. 動画も有効です。ただし動画は検索できず、必要な場面を探すのに時間がかかります。動画と、AIで作った文字の手順書を組み合わせるのが現実的です。
Q. 文字起こしにはお金がかかりますか?
A. スマートフォンの音声入力や、無料枠のある文字起こしサービスでも始められます。まず1回、15分の聞き取りで試してみてください。
まとめ
ベテランがマニュアルを書かないのは、やる気がないからではありません。
書くという作業が、単純に向いていないだけです。
話してもらって、AIが書く。
それだけで、40年分が少しずつ言葉になっていきます。
まずは15分、失敗した話を聞くところから始めてみてください。
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