「母が亡くなって、台所のメモにこの味噌の名前だけが残っていました」
注文はがきの余白に、細いボールペンでそう書いてあります。
注文は、こし味噌の1キロ袋を2つ。
送り先は、蔵から新幹線で4時間かかる町です。
創業から70年あまりの味噌蔵で、社長はこういうはがきや手紙を、お歳暮でもらった海苔の空き缶に入れて取ってあります。
缶は3つ。
いちばん古いはがきは、郵便番号を書く枠がまだ7つに増える前のものです。
読み返すのは、寒の仕込みが終わったあとの、年に一度くらい。
12人いる社員のほとんどは、缶があることも知りません。
書いたのは、全部お客の側
会社のことを1冊にまとめる話は、たいてい社長が語る側に回ります。
創業のいきさつ、苦しかった年、先代の口ぐせ。
缶の中身は、その逆です。
蔵の人間は1行も書いていません。
蔵が自分で「昔から同じ作り方です」と言えば、ただの宣伝文句に聞こえます。
同じことが、お客の手紙では「子どものころに祖母の家で食べた味と同じでした」という1行になっている。
本の主役を、この手紙の言葉にします。
蔵の歴史は、手紙と手紙のあいだに短く挟む程度で足ります。
缶をあけたら、1通ずつ打ち直す
手紙の写真を、そのままAIに渡すことはしません。
差出人の名前と住所、電話番号、手紙に出てくる家族の名前が、全部写ってしまうからです。
打ち直す役は、製造の若手が引き受けてくれました。
蔵の中で、パソコンを打つのがいちばん速いのが彼です。
打ち直すときの決まりは、表計算ソフトの1行に手紙1通です。
左から、通し番号、届いた年(消印で分かれば)、はがきか封書か、本文の写し、書いた人に連絡がつくかどうか。
本文の中の名前は「○○」にして、地名は県の名前までにします。
読めない字は、無理に当てずに「■」と打ちます。
手紙そのものには、鉛筆で薄く通し番号を書き込んでおきます。
あとで「17番の手紙」と言えば、缶の中から本物を取り出せるようにするためです。
使っているAIに、会話を学習に使わない設定があれば、貼る前に入れておきます。
AIには、章の分け方だけを出させる
打ち直した表を貼って、こう頼みます。
下に、味噌蔵に届いたお客の手紙を、名前と住所を外して打ち直したものを並べる。1行が手紙1通で、左端が通し番号。
この手紙を本の章に分ける案を、2つ出すこと。
章は、蔵の歴史の順ではなく、お客が手紙を書いてきた「わけ」で分ける。
章の名前には、手紙の中にある言葉をそのまま使う。
章ごとに、入る手紙の番号を並べる。どの章にも入らない手紙は「残り」として番号だけ書く。
手紙の文は書き換えない。要約もしない。
番号で返させるのは、AIに手紙の文を触らせないためです。
要約させると、お客の言い回しがAIの言い回しに置き換わってしまいます。
この蔵の手紙で返ってきた案の片方は、こうでした。
「台所のメモに残っていた」には、亡くなった家族の味を探して注文してきた手紙。
「引っ越した先から」には、転勤や進学で県を出た人の手紙。
「孫の家にも送ってください」には、送り先を増やしてきた人の手紙。
「袋を捨てられなくて」には、空になった味噌の袋を洗って取ってあるという手紙。
もうひとつの案は、届いた季節で分けたものでした。
社長が使ったのは、「わけ」で分けたほうの案です。
ただ、返ってきた番号を表と突き合わせると、数が合いませんでした。
17番と52番が、2つの章に重ねて入っている。
逆に、88番はどの章にも「残り」にも入っていない。
手紙の数が多いと、AIが番号を取りこぼすことがあります。
章ごとの番号は、表の通し番号と1通ずつ照らし合わせて、重なりと抜けを社長が自分で直しました。
「残り」に入った中には、「今年のは塩がきつい」と書いてきたはがきもありました。
似たはがきは、ほかに4通あります。
社長は、この5通で章をもう1つ作り、「袋を捨てられなくて」のあとに、本の最後の章として足すと決めています。
本に入れない話を、先に抜いておく
この本は Kindle 本にするつもりです。
Amazon で誰でも読めるので、手紙を書いた本人も、その家族も、近所の人も読むかもしれません。
だから、打ち直した表から、本に入れない部分を先に抜きます。
お客の名前と住所。
「代金は同封しました」「去年より高くなりましたね」のような、お金の話。
書いた人の病気や離婚の話、家族のもめごと。
名前を伏せても、読む人が読めば誰の話か分かってしまうので、これは書いた人の暮らしを守るために外します。
蔵の側の身内の話も同じで、先代と社長の言い争いを知っている古いお客の手紙は、そこだけ外します。
抜いた部分は、捨てずに別のファイルにして、手元のメモとして残します。
次にそのお客から注文が来たとき、前に何を書いてきた人かが分かるからです。
載せる手紙は、書いた人に了解をもらう
手紙は蔵に届いたものですが、文章を書いたのはお客です。
著作権法は、著作物を「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」と定めています(第2条第1項第1号)。
自分の思いを自分の言葉で書いた手紙は、これにあたることがあります。
同じ法律の第21条には「著作者は、その著作物を複製する権利を専有する。」とあります。
出典: e-Gov法令検索「著作権法(昭和四十五年法律第四十八号)」(https://laws.e-gov.go.jp/law/345AC0000000048)
どの手紙が著作物にあたるかを、蔵の側で決めることはできません。
本に載せたい手紙は全部、書いた人に了解をもらいます。
名前を伏せても、本人や家族が読めば自分の手紙だと分かります。
了解のお願いは、手紙で出します。
下書きはAIに作らせて、社長が手で書き直します。
味噌蔵の社長から、昔手紙をくれたお客にあてた、お願いの手紙の下書きを書く。
いただいた手紙の一部を、Amazonで誰でも読める本に載せたいこと。
載せたい部分は、別の紙に写して同封すること。
名前は出さず、県の名前だけ添えるつもりであること。
断ってもらって構わないこと。返事が無ければ載せないこと。
便せん1枚に収まる長さ。お礼の言葉を重ねすぎないこと。
同封するのは、載せたい部分の写しと、返信用のはがきです。
はがきには「載せてよい」「県名も出さずに載せてよい」「載せないでほしい」の3つを並べて、丸をつけてもらう形にしました。
迷ったのは、書いた人が亡くなったと分かっている手紙です。
著作権は書いた人が亡くなったあとも続き、相続した人に引き継がれるので、遺族に了解をもらう道はあります。
ただ、家族からの知らせで亡くなったことを知った手紙に、こちらから「本に載せたい」と頼むのは、社長には気が引けました。
今回は遺族にまでは頼まず、住所が変わって届かない人の手紙と一緒に、缶に戻すことにしました。
缶3つ分を、数え直した
打ち直しが終わった手紙は、全部で112通でした。
そのうち、名前と住所が分かって、いまも注文が続いている人の手紙が41通。
住所はあるけれど、ここ何年か注文の無い人が38通。
残りの33通は、差出人の名前が無いか、亡くなったことを家族からの手紙で知った人の手紙です。
社長は、お願いの手紙を最初の41通分だけ出すことにしました。
返信用のはがきは、41枚。
宛名は、全部社長が自分で書きます。
手紙の束を、本の形にしたい方へ: このブログの運営者は、社長の話を聞いて Kindle 本にする出版代行をしています。
Amazon で誰でも読める本になるので、名刺と一緒に渡したり、ホームページに載せたりできます。
手紙の束と社長の話をもとに、章立てから原稿までこちらで作ります。
運営者自身のサービスの案内です。
登場する人と会社に、実在のモデルはありません。アイキャッチのイラストはAI生成です。

コメント