「あれ、使ってる?」
朝礼のあと、事務所の田中さんにそう聞いた。
返ってきたのは、間があいたあとの「あ、はい、たまに」でした。
たまに、というのは使っていないということです。
社長が半年前に契約したAIツールは、その月も月額料金だけが引き落とされていました。
この記事は、そこから先の話です。
登場する会社や人物に実在のモデルはありません。
地方でよく聞く話をつなぎ合わせた設定です。
社員は「反対」しているわけではない
この手の話で社長がまず疑うのは、社員のやる気です。
新しいものを嫌がっている、面倒くさがっている、そう見えます。
ですが、社員に理由を聞くとだいたい別のことを言います。
「何に使えばいいのか分からない」
「間違ったことを書かれたら、責任が自分に来る」
「触ってる時間があったら、手で打ったほうが早い」
反対ではありません。
判断がつかないだけです。
そしてこの状態は、全国の中小企業でかなり広く起きています。
調査に出ている数字は、社長の感覚とずれている
中小企業基盤整備機構が2026年3月に公表した調査があります。
全国の中小企業1万社に配り、1,647社から回答が返ってきたものです。
この中に、社内の状態を聞いた設問があります。
| 設問 | 「当てはまる」計 |
|---|---|
| 社内においてIT・AIの必要性への理解がある | 45.1% |
| 従業員のITリテラシーが高い | 22.4% |
| 成功事例や活用事例などの情報が十分に入手できている | 20.2% |
調査対象は全国の中小企業10,000社、回答1,647社。調査期間は2025年11月17日〜12月12日。
出典: 中小企業基盤整備機構「中小企業のAI等の利活用に係る実態調査」(2026年3月)(https://www.smrj.go.jp/research_case/questionnaire/fbrion0000002pjw-att/202603_AI_point.pdf)
必要性は分かっている会社が45.1%。
ですが、従業員のITリテラシーが高いと答えた会社は22.4%しかありません。
いちばん低いのが「活用事例の情報が十分にある」で20.2%。
裏を返せば、約8割の会社が「自分たちに近い使い方の例を見たことがない」状態です。
社長は展示会やYouTubeで事例を見ています。
社員は見ていません。
同じ会社にいても、見ている景色が違う。
「使え」という一言では、この差は埋まりません。
やること1 「使え」をやめて、仕事を1個渡す
アカウントを配るのは、道具を配っただけです。
丸のこを渡されても、何を切るか言われなければ職人は動きません。
渡すのはツールではなく、業務です。
設備工事の会社なら、たとえばこういう渡し方になります。
「来月から、現場写真の報告メールはAIに下書きさせて。田中さんが直して送って」
業務名、担当者、いつから。この3つが入っていれば動きます。
選ぶ業務にはコツがあります。
毎日か毎週やっていて、間違えても取り返しがつく仕事。
見積の金額や、労務の書類は最初に選んではいけません。
間違いが怖い業務から始めると、社員は二度と触らなくなります。
先ほどの調査では、AIが実際に入っている業務分野の1位は総務・管理部門で68.3%でした。
製造・生産部門は34.9%で、半分ほどです。
うまくいっている会社は、現場の本丸ではなく事務まわりから入っています。
やること2 責任の線を先に引く
社員がいちばん怖いのは、AIが間違えたときに自分が怒られることです。
これは真っ当な感覚で、放っておいて消えるものではありません。
ですから、線は社長が先に引きます。
「AIが書いた文章の責任は会社が持つ。おかしかったら直して出せばいい。直し漏れがあっても、それは俺の責任だ」
ここまで言い切って、はじめて社員は触ります。
あわせて、入れてはいけない情報だけ決めておきます。
お客様の氏名、住所、口座、単価。この4つを貼らない、それだけです。
ルールを増やすほど使われなくなります。
最初はA4半分で足ります。
やること3 最初の成功を、社長以外に起こさせる
社長が「これすごいぞ」と言っても、社内には広がりません。
社長が言うことは、社員にとって「またなんか始まった」だからです。
広がるのは、隣の席の人が楽になったときです。
だから最初の1人は、社内で選びます。
パソコンが得意な人ではなく、いちばん残業している人がいい。
効果が数字で出るからです。
その人の作業時間を、始める前に1回だけ測っておきます。
報告メールに40分かかっていたのが12分になった。
この一行が、社長の説得より効きます。
調査でも、公的支援として「従業員向けの教育・研修」が必要と答えた企業は67.7%ありました。
研修を外から買う前に、社内に1つ成功例を作ったほうが早いことが多いです。
渡す業務を決めるときのプロンプト
どの業務を渡すか、社長ひとりで悩むと時間だけが過ぎます。
AIに候補を出させて、その中から選ぶほうが早い。
あなたは中小企業の業務改善コンサルタントです。
社員にAIを使わせたいのですが、何から任せるか決めかねています。
・会社: 【従業員22名の設備工事会社、地方都市】
・任せたい相手: 【事務2名。パソコンはメールとExcelの入力ができる程度】
・その人たちの主な仕事: 【請求書発行、現場写真の整理、報告メール作成、電話対応、日報の入力】
・失敗すると困る業務: 【請求金額、労務書類】
次の3つを出してください。
1. 最初にAIに任せるべき業務を1つだけ。理由も
2. その業務を任せるとき、社員に伝える言い方を、そのまま話せる文章で
3. 効果を測るために、始める前に記録しておく数字を2つ
出てきた案がしっくりこなければ、「もっと簡単なものを」と返せば下げてくれます。
最初の1業務は、拍子抜けするくらい小さくていい。
まとめ
社員がAIを使わないのは、やる気の問題ではありませんでした。
使いどころが見えず、間違えたときの責任があいまいで、身近な成功例を見たことがない。
この3つが重なると、人は動きません。
だから社長がやることも3つです。
業務を1個名指しで渡す。
責任は会社が持つと先に言う。
最初の成功を社長以外に起こさせる。
アカウントを配った日が導入日ではありません。
誰かの残業が20分減った日が導入日です。
田中さんに「使ってる?」と聞くのは、今日でやめていい。
代わりに、渡す仕事の名前を1つ決めてください。
社員にAIを使ってもらいたい方へ: YouTubeチャンネル「社長のAI参謀」では、中小企業の社長向けにAIの使い方を動画で解説しています。
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