信用金庫の担当者が年に1度持ってくるヒアリングの用紙に、「自社の強み」という欄があります。
従業員14人の自動車整備工場で、2代目の社長がその欄に書いたのは、今年も「まじめな仕事」の5文字でした。去年も、おととしも同じです。
担当者は「ですよね」と笑って、次の欄に進みました。
同じ週、ホームページを作った業者から「トップの文言、そろそろ見直しませんか」とメールが来ました。トップの一番上には、7年前から「安心・丁寧・地域密着」と書いてあります。
(ここに出てくる会社と人は、よくある例を組み合わせた作り話です。)
自分で書くと、隣町の工場と同じ言葉になる
社長は試しに、車で30分以内にある整備工場のホームページを3つ開いてみました。
「安心と信頼」「丁寧な作業」「地域に密着」。3つとも、このどれかが書いてありました。自分の工場のトップと並べると、看板を掛け替えても気づかれないくらい似ています。
毎日やっている仕事は、自分では当たり前すぎて、どこがよそと違うのかが見えにくい。違いを知っているとしたら、よその工場にも車を出したことのあるお客のほうです。
お客の感想は、62冊のファイルの中にあった
この工場では、車検のあとにアンケートはがきを渡しています。始めたのは、工場長で社長の弟の和也さんでした。
和也さんは、返ってきたはがきを、お客ごとの整備記録のファイルに1枚ずつホチキスで留めてきました。次の車検でそのお客が来たとき、前回何を言われたかを見てから作業に入るためです。
つまり、はがきは読まれてはいた。ただし、1人分ずつ、ばらばらにです。全部を並べて読んだ人は、工場に1人もいませんでした。
土曜の午後、社長と和也さんで、ここ2年分のファイル62冊を棚から下ろしました。はがきが留まっていたのは41冊。電話で言われたことを和也さんが書き留めた作業伝票の裏も、一緒に抜き出しました。
並べて読むと、こんな言葉が出てきます。
「交換した部品を見せてもらえたのがよかった」「代車のシートがきれいだった」「高くなりそうなとき、先に電話をくれた」。
「丁寧」と書いてあるはがきは、最初の15枚には1枚もありませんでした。
作業伝票の裏のほうは、もっと短い字で書いてあります。「ワイパーのゴムも言ってくれて助かった。オイル交換の日」。電話を受けた和也さんが、受話器を肩にはさんだまま書いたような走り書きです。
社長は、この裏書きがあることを知りませんでした。和也さんは「次に来たとき、同じことを言われないようにと思って」と言って、ファイルの山を膝で押さえていました。
はがきに何と書いて集めたかを、先に見る
AIに入れる前に、はがきの表を見直しました。下の隅に小さく「いただいたご意見は、今後のサービス向上に使わせていただきます」と刷ってあります。
工場の中で感想を読み比べて仕事に生かすのは、この範囲に入ります。けれど、ホームページにお客の言葉をそのまま載せるのは、はがきで伝えた使い道からはみ出します。載せるなら、あとで1人ずつ了解をもらう。これを先に決めておきました。
AIに打ち込むのは、感想の欄だけです。名前、住所、電話番号、車種とナンバーは入れません。和也さんが見分けられるように、行の頭に整備記録の番号だけを付けておきます。
打ち込みは和也さんが受け持って、1時間半かかりました。字が崩れて読めないところは「?」のままにしてあります。
打ち込んだ文を使っているAIに貼り、次の文を添えます。無料の範囲で足ります。
以下は、地方の自動車整備工場のお客さんが書いた感想です。1行が1人分で、行の頭の数字は整理用の番号です。
次のことをお願いします。
・お客さんが実際に使った言葉を、言い換えずにそのまま抜き出す
・同じことを言っている感想を束ねて、束ごとに行の番号を並べる
・「丁寧」「安心」のように、どの整備工場にも言えそうな言葉は、別の束にしておく
・この工場にしか言えなさそうな言い方を、お客さんの言葉を使って5つ挙げる
・「?」の字は、推測で埋めずに「?」のまま残す
【ここに感想を貼る】
お客の言葉が、AIの手で立派になる
いちばん大きな束は「外した部品を見せてくれる」で、次が「作業の前に電話をくれる」でした。束ごとに番号が並んでいるので、元のはがきにすぐ戻れます。
電話の束は、和也さんが決めた手順から来ていました。見積もりより5,000円以上高くなりそうなときは、手を止めて先にお客に電話する。10年ほど前に、黙って直して請求書で揉めたことがあってから続けている、と和也さんは言いました。
引っかかったのは、最後の「5つ挙げる」のところです。
先頭に並んでいたのは、「お客様との信頼関係を大切にした、透明性の高い整備」という1行でした。お客さんの言葉を使って、と頼んだのに、はがきのどこにも「透明性」は出てきません。
いちばん下の案は、さらに整っていました。「愛車に寄り添う、街のかかりつけ整備工場」。
社長は一瞬、これでいいんじゃないかと言いかけて、隣町の工場のページをもう一度開きました。そちらのトップに貼っても、そのまま通用する1行でした。
「?」のまま残したはずの感想も、1か所だけ「説明が分かりやすかった」に埋まっていました。元のはがきを出して見比べると、実際は「説明が長かった」です。
使うのは、束の中の抜き出しだけにしました。それも1行ずつ、番号をたどってはがきと突き合わせてからです。
束を見た社長は、「部品を見せるのは親父の代からの決まりで、当たり前だと思ってた」と言いました。外したブレーキパッドを、お客の前で作業台に置いて、「ここまで減ってました」と見せる。30年続けてきた手順のひとつです。
1行を決めて、トップに置く
抜き出したお客の言葉をつないで、社長と和也さんで1行にしました。
「直す前に、外した部品をお見せして、決めていただきます。」
「お見せして」にするか「見せて」にするかで、10分もめました。社長は「見せて」のほうが自分らしいと言い、和也さんは、はがきを書いてくれる年配のお客には「お見せして」のほうが通じると言った。和也さんの案に落ち着いています。
ホームページのトップの下には、お客の感想を3つ並べることにしました。載せたいはがきの持ち主に、和也さんが1人ずつ電話をして了解をもらいます。4人に電話して、3人が「イニシャルと町名だけなら」と言ってくれました。残る1人は「はがきに書いたことが、よそに出るのは困る」という返事で、そのはがきは載せる候補から外しました。
この工場のホームページはWordPressで作ってあって、トップの文言は管理画面から差し替えられる作りでした。作りによっては業者に頼むことになりますが、1行の差し替えなら1回の修正で頼める量です。
月曜の夕方5時40分、最後の車検車が出ていったあと、社長は事務所のパソコンで管理画面を開きました。
「安心・丁寧・地域密着」を消して、1行を打ち込み、「更新」を押す。
それから自分のスマホでトップページを開き直しました。1行は、電話番号のすぐ上に出ていました。5時52分でした。
ホームページの言葉を見直したい方へ: このブログの運営者は「ことばとコード」の屋号で、小さな会社のホームページとLPを、原稿づくりから公開まで受けています。原稿は、社長の話を聞き取って下書きするところから始めます。
運営者自身のサービスの案内です。
登場する人と会社に、実在のモデルはありません。アイキャッチのイラストはAI生成です。


コメント