「うちですか。まあ、特にこれといった課題は……」
商工会や取引銀行のアンケート用紙を前に、そう書いたことはないでしょうか。
嘘をついたわけではありません。
困っていないわけでもありません。
ただ、その空欄に書けるほど言葉になっていなかった。
実は、同じ回答をした地方の経営者は24.3%にのぼります。
全国平均は8.1%ですから、およそ3倍です。
この記事では、その数字が何を意味しているのかを調査データから読み解き、社長が自分の会社の課題に「名前をつける」ための具体的な手順を紹介します。
登場する会社や人物に実在のモデルはなく、地方でよく聞く困りごとを組み合わせて描いた架空の設定です。
「特に課題はない」が、いちばん重い回答だった
フォーバルが2026年3月に公表した調査があります。
東京と政令指定都市を除いた地域を「地方」と定義し、全国調査とまったく同じ設問をぶつけたものです。
出てきた差が、かなり生々しいものでした。
| 経営課題として挙げた項目 | 地方 | 全国 |
|---|---|---|
| 人手不足・人材の確保育成 | 41.7% | 53.6% |
| 既存事業の拡大 | 22.3% | 44.1% |
| DX対応 | 8.3% | 19.0% |
| 特に課題なし | 24.3% | 8.1% |
| 伴走支援を受けた経験がある | 32.6% | 57.2% |
「地方」は東京および政令指定都市を除く地域として集計されています。
出典: フォーバル GDXリサーチ研究所調べ「BLUE REPORT 特別号」(2026年3月23日発行。地方調査は有効回答300人・2025年12月23〜24日、全国調査は有効回答1,570人・2025年11月11日〜12月12日、いずれもウェブアンケート)(https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000392.000104276.html)
注目していただきたいのは、人手不足を課題に挙げた割合です。
地方のほうが12ポイント低くなっています。
おかしいと思いませんか。
求人を出しても応募が来ないのは、どちらかといえば地方のほうです。
若い人は進学と就職で出ていったきり、帰ってきません。
20代前半では、東京圏が転入超過で、地方は転出超過です。
この流れは何十年も変わっていません。
それなのに、課題としては挙がってこないのです。
課題が「ない」のではなく、課題に名前がついていない
現実のデータを見ると、話は完全にひっくり返ります。
帝国データバンクの調査によれば、日本企業の後継者不在率は50.1%でした。
7年連続で改善し、過去最低を更新しています。
ただし、これはあくまで全国平均です。
県別に開くと、まったく違う景色が出てきます。
| 項目 | 数値 | 備考 |
|---|---|---|
| 全国平均 | 50.1% | 前年比2.0ポイント低下、7年連続で改善 |
| 最も低い県(三重県) | 33.9% | 5年連続で全国最低 |
| 最も高い県(秋田県) | 73.7% | 唯一の7割超、全国で唯一3年連続の上昇 |
2023年10月から2025年10月までの期間、約27万社を対象とした調査です。
出典: 帝国データバンク「全国『後継者不在率』動向調査(2025年)」(https://www.tdb.co.jp/report/economic/20251121-successor25y/)
倒産のほうも似た構図になっています。
東京商工リサーチの集計では、2026年上半期の企業倒産は5,346件でした。
人手不足を主な原因とするものが237件で前年同期比37.7%増、後継者不在を主な原因とするものが264件で14.7%増です。
そして、2025年度に倒産した企業のうち76.7%が、負債1億円未満でした。
この30年で最も高い比率です。
大型倒産のニュースにはなりません。
従業員5人、10人の工務店や商店や介護事業所が、地元の誰にも気づかれないまま静かにシャッターを下ろしている。
それが、この数字の中身です。
実態はむしろ地方のほうが厳しい。
それなのに、課題認識は都市部より低い。
この矛盾を「地方の経営者は鈍い」で片づける気にはなれません。
毎日、資金繰りも人繰りも自分の腹ひとつで受け止めている人たちだからです。
足りていないのは危機感ではありません。
それを「経営課題」という形に翻訳する回路のほうだと考えています。
悩みの正体は、中身ではなく「到達距離」
調べれば調べるほど、地方と都市部で悩みの種類はほとんど変わりません。
人が採れない。
値上げが通らない。
返済が重い。
息子は継がない。
どこの県で聞いても、上位に並ぶ顔ぶれは同じです。
違うのは、その悩みから「打ち手」までの距離のほうです。
ここではそれを「課題への到達距離」と呼びます。
この距離は、4つに分解できます。
距離1: 言葉になるまでの距離
「なんとなくしんどい」が「労務費の転嫁ができていない」に変わるまでの距離です。
ここを越えないと、そもそも相談もできませんし、検索することもできません。
「特に課題なし」24.3%という数字は、余裕がある証拠ではなく、この一歩目を越えていない会社がそれだけあるという意味だと読んでいます。
距離2: 情報にたどり着くまでの距離
都市部であれば、同業の集まりでも取引先との雑談でも、事例が勝手に流れ込んできます。
誰かがやって失敗した話、うまくいった話。
地方では、この「勝手に入ってくる情報」の量が圧倒的に少なくなります。
中小企業に聞いた調査では、「成功事例や活用事例などの情報が十分に入手できている」に当てはまらないと答えた企業が83.3%でした。
コストでもセキュリティでもありません。
地図がないのです。
距離3: 相談相手までの距離
ここがいちばん残酷かもしれません。
伴走支援を受けた経験があるのは、地方が32.6%、全国が57.2%です。
25ポイントの開きがあります。
しかも経営者の孤独は構造的です。
社員に不安を見せれば動揺させます。
家族に話せば心配をかけます。
同業に話せば弱みになります。
銀行に話せば融資に響きます。
つまり、全部を話せる相手が制度的にいないのです。
距離4: 手をつける時間までの距離
そして最後に、これです。
地方の中小企業には情報システム部がありません。
新しいことを試す人と、明日の現場を回す人が、同じ一人です。
時間が空いたら試そうと思っている限り、その時間は永遠に空きません。
従業員50人未満の企業でAI導入率が1割前後にとどまっている理由は、意識の低さより、この物理的な時間の問題が大きいはずです。
距離を縮めそこなう、社長の失敗3つ
打ち手の前に、失敗のほうを先に書いておきます。
よく見かけるのは、この3つです。
失敗1: 視察に行って、満足して帰ってくる
先進事例の工場見学は気持ちのいいものです。
ただし、そこで見たのは「距離を縮め終わったあとの景色」であって、自社の一歩目ではありません。
持ち帰るべきは設備の写真ではなく、その会社が最初に何を測ったかです。
失敗2: 「うちは特殊だから」で会話を終わらせる
これは本当によく出てきます。
そして半分は事実です。
ただ、特殊なのはたいてい商流のほうであって、人が辞める理由や値上げが通らない理由まで特殊なことは、あまりありません。
失敗3: 全部を一気に変えようとして、何も始まらない
基幹システムの入れ替え、採用ページの刷新、評価制度の見直し。
同時に走らせて、半年後には全部止まっているというパターンです。
距離は歩幅でしか縮まりません。
距離1を越える: 課題に「数字の名前」をつける
ここからが具体的な手順です。
「値上げをお願いします」は通りません。
「うちの労務費は昨年比で何%上がっています」は、交渉のテーブルに乗ります。
参考になる数字があります。
| コストの種類 | 転嫁率 |
|---|---|
| コスト全般 | 53.5% |
| 原材料費 | 55.0% |
| 労務費 | 50.0% |
| エネルギーコスト | 48.9% |
2025年9月時点の集計です。転嫁率とは、上がったコストのうち販売価格に乗せられた割合のことです。53.5%は、半分強しか乗せられていないという意味になります。
出典: 中小企業庁「価格交渉促進月間(2025年9月) フォローアップ調査結果」(2025年11月28日公表、受注側中小企業30万社に調査)(https://www.meti.go.jp/press/2025/11/20251128002/20251128002.html)
ここで気づいていただきたいのは、労務費の転嫁がやっと5割に届いたところだという点です。
つまり、人件費こそが直接利益を削っているということになります。
しかも2026年度に賃上げをする企業が挙げた理由は、「労働力の定着・確保」が74.3%で1位でした。
「最低賃金の改定」も29.2%で、過去最高です。
儲かったから上げているのではなく、辞められたら終わるから上げているのです。
この一本の線を数字で言えるようになった瞬間、「なんとなくしんどい」が交渉可能な課題に変わります。
距離2と4を越える: AIには「答え」ではなく「一歩目」を出させる
ここは勘違いされやすいところなので、丁寧に書きます。
AIを入れた会社が伸びる、という話ではありません。
導入障壁の1位が「何から始めればいいか分からない」なのですから、AIに任せるべきは業務そのものではなく、着手点を決める作業のほうです。
これなら30分で終わります。
時間のない社長にとって、省力化というより現実的な入口になります。
あなたは中小企業診断士として、地方の中小企業の経営相談を受けています。
私の会社の状況をお伝えしますので、経営課題を具体的な言葉に整理してください。
・業種と規模: 【従業員18名の金属加工会社、地方都市】
・ここ3年の売上: 【5年前比で約15%減、赤字にはなっていない】
・気になっていること: 【求人を出しても応募がない、値上げを言い出せていない、後継者が決まっていない】
・数字で分かっていること: 【主要取引先3社で売上の7割、社員の平均年齢52歳】
次の3つを出してください。
1. この状況から想定される経営課題を、重要な順に5つ。それぞれ「何が」「どれだけ」悪いのかが分かる言い方にすること
2. そのうち、今月中に着手できるものを1つだけ選び、その理由
3. 着手する前に測っておくべき数字を3つ
ポイントは、AIに答えを書かせるのではなく、頭の中にあるものを整理させている点です。
出てきた5つの課題を見て「これは違う」と感じたら、それも収穫です。
違うと言えるということは、正しい課題がすでに社長の中にあるということですから。
あなたは、私の取引先である発注元の購買担当者を演じてください。
私は部品加工会社の社長で、これから労務費の上昇を理由に7%の値上げをお願いします。
あなたは値上げに消極的ですが、納得できる根拠が示されれば社内で検討する余地はあります。
私の発言に1回ずつ返答してください。
5往復したあとで、私の説明のうち弱かった点を3つ指摘してください。
本番の前に、一度AIを相手に練習しておくということです。
これは相談相手のいない社長にとって、距離3を埋める代わりにもなります。
距離3を越える: 伴走支援と、承継の前提の外し方
伴走支援の利用経験32.6%という数字は、裏を返せば7割近くがまだ使っていないということです。
商工会議所、よろず支援拠点、金融機関の本業支援、事業承継・引継ぎ支援センター。
無料で使える窓口は、実はもう地元にあります。
使わない理由の多くは「相談するほどのことでもない」というものです。
ですが、距離1を思い出してください。
言葉になっていない段階こそ、他人の口を借りる価値があります。
そして最後に、知らないと本当に損をする数字を1つ。
| 承継の方法 | 割合 |
|---|---|
| 内部昇格(役員・従業員への承継) | 36.1% |
| 同族承継(親族への承継) | 32.3% |
| M&Aほか | 20.6% |
| 外部招聘 | 7.6% |
2025年の速報値です。長年首位だった同族承継を内部昇格が初めて上回りました。
調査概要: 全国・全業種 約27万社/分析期間 2023年10月〜2025年10月。
出典: 帝国データバンク「全国『後継者不在率』動向調査(2025年)」(https://www.tdb.co.jp/report/economic/20251121-successor25y/)
いま中小企業の承継でいちばん多いのは、番頭に譲る形だということです。
息子が継がない、イコール廃業。
この等式は、すでに崩れています。
後継者不在率が高止まりしている地域ほど「親族以外に渡すことへの抵抗感が強い」と分析されているのは、おそらく偶然ではありません。
まとめ
地方だから不利、という話ではありません。
人口も、賃金相場も、商圏の縮小も、すぐには変えられません。
ですが「言葉にする」「調べる」「相談する」「30分だけ手をつける」の4つは、県境と関係がありません。
到達距離は地形ではなく、習慣で決まります。
もう一度、あの数字を置いておきます。
「特に課題はない」と答えたのは、地方24.3%、全国8.1%。
この差は、悩みの少なさではありませんでした。
悩みに、まだ名前がついていないだけです。
そして名前さえつけば、打ち手はもう世の中に出そろっています。
最後にひとつだけ。
あなたの会社の「特に課題なし」の欄には、本当は何が書かれるはずだったでしょうか。
自社の課題に名前をつけたい方へ: YouTubeチャンネル「社長のAI参謀」では、中小企業の社長向けにAIの使い方を動画で解説しています。
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