日曜の夜、社長は居間のノートパソコンに、自分の口ぐせを4つ打ち込みました。
「段取り八分」「電話は3コールで取れ」「現場の靴は揃えて帰れ」「分からないことは昼までに聞け」。その下に「これを会社の理念にまとめて」と1行足して、送信を押す。
10秒ほどで返ってきた文の1行目は、「事前準備の徹底が、品質と効率を両立させる」でした。
間違ったことは書いていません。ただ社長は、老眼鏡を外して、また掛けて、画面を閉じました。月曜の朝礼でこれを読み上げている自分が、どうしても浮かばなかったそうです。
金属加工の会社で、従業員は22人。社長は63歳の二代目で、毎週月曜の8時から10分ほど、朝礼で話してきました。
(ここに出てくる会社と人は、よくある例を組み合わせた作り話です。)
額の言葉より、月曜の10分のほうが覚えられている
応接室には、先代が作った「誠心誠意」の額が掛かっています。社員に聞くと、読めるけれど中身は言えない、という返事が多い。社長自身、意味を聞かれてうまく答えられたことがありません。
一方で「段取り八分」は、入社2年目の若手でも口にします。材料を切る前に、図面と治具と刃物を台に並べておけ、という意味だと、ちゃんと知っている。
ただ、口ぐせは短い。短いから覚えられるけれど、なぜそう言うのかは、社長の頭の中にしかありません。
「3コールで取れ」の理由を知っていたのは、現場リーダーの森田さん(34歳)でした。昔、4コール目で切れた電話が、大口の注文だったという話です。森田さんは入社した年に、先輩から休憩中に聞いたそうです。
いまの若手は知りませんでした。彼らにとって3コールは「社長がうるさいから」守っているルールです。事務所の電話が鳴ると、近くにいる誰かが油のついた軍手を外しながら走る。理由を知らないまま、走っていたわけです。
まずは次の月曜、スマホを胸ポケットに入れておく
材料集めに、特別な道具は要りません。
朝礼の前にスマホの録音アプリを起動して、作業着の胸ポケットに入れる。それを4回、ひと月分続けます。
録音を文字にする道具は、スマホの録音アプリに付いているものもあれば、音声ファイルを受け付けるAIもあります。無料の範囲は長さや回数に上限があることが多いので、1回分の10分ずつに分けておくと扱いやすい。
文字になったものを読むと、たいてい社長は少し嫌な顔をします。「えー」「まあ」「要するに」が思ったより多いからです。
そこは気にしなくていい。後でAIが削ります。
朝礼で取引先の名前や、休んでいる社員の体の話が出ていたら、その行は自分で消してからAIに貼ります。
AIに、口ぐせの「わけ」を聞き返させる
日曜の夜に起きたのは、口ぐせを渡していきなり「まとめて」と頼んだせいです。AIは、短い言葉を立派な言葉に言い換えるのが得意です。
「段取り八分」は「事前準備の徹底」に、「3コールで取れ」は「迅速な顧客対応」に、「靴は揃えて帰れ」は「整理整頓の意識」になる。意味は合っているのに、額の四字熟語と同じで、誰の言葉でもなくなります。
なので、先にまとめさせずに、聞き返させます。
下に貼るのは、町工場の社長が朝礼で話した内容の書き起こしです。
この中から、社長がくり返し言っている短い言葉(口ぐせ)を拾って。
それぞれの口ぐせについて、社長に「なぜそう言うようになったのか」を思い出してもらうための質問を2つずつ作って。
質問は、いつ・どの現場で・誰に言ったか、が答えに出てくるような聞き方にすること。
まだまとめたり、言い換えたりはしないこと。
――(ここに書き起こしを貼る)――
録音がまだ無ければ、覚えている口ぐせを打ち込んで渡しても同じことができます。森田さんのように、口ぐせの意味を人に説明してきた社員がいれば、その人に10個ほど挙げてもらうと、社長が自分では気づいていないものも入ってきます。
出てきた質問を印刷して、社長が答えます。書いてもいいし、また録音してもいい。
この会社では口ぐせが7つ拾われ、社長が出来事まで思い出せたのは、そのうち4つでした。残りの3つは、いつから言っているのか本人にも分からない。そこは空欄のままにしておきます。
「現場の靴は揃えて帰れ」は、思い出せたほうです。平成9年、取引先の工場長が、こちらの職人が帰ったあとの下足箱を見て、次の仕事を決めたという話でした。
並べると、言っていることがぶつかる
理由がそろったら、AIに1枚にまとめてもらいます。
上の口ぐせと、社長の答えをもとに、「うちの会社の考え」をA4 1枚に書いて。
口ぐせの言葉はそのまま見出しに使い、言い換えないこと。
見出しの下には、社長が話した出来事を2〜3行で入れること。
口ぐせどうしで、言っていることが食い違っているところがあれば、最後に別に書き出して。
最後の1行を入れておくと、社長本人が気づいていない食い違いが、たいてい1つか2つ出てきます。
この会社の場合は、「分からないことは昼までに聞け」と「自分の頭で考えてから来い」でした。どちらも社長が何度も言っている。
若手からすると、聞けばいいのか、考えてから来ればいいのか分からない。実際、入社1年目の社員が午前中ずっと図面の前で固まっていたことがあったそうです。
社長に言わせると、どちらも本音です。ただ、言う相手と時期が違った。
「聞け」は、10年ほど前、新人が図面を読み違えて材料を2本むだにした年に言い始めた。「考えてから来い」は、その数年後、何でも聞きに来る別の新人に手を焼いた年に言い始めた。
言われた側は、その順番を知りません。朝礼で聞いた回数の多いほうを、そのときの正解だと思っています。
ここはAIには決められません。どちらを先に書くかで、会社の顔つきが変わるからです。
1枚の先に、1冊がある
A4 1枚は、新しく入った人に渡すには足ります。
ただ、平成9年の下足箱の話や、4コール目で切れた電話の話は、2〜3行に縮めると温度が抜けてしまう。
口ぐせ1つにつき、出来事を1話。いま出来事まで思い出せたのは4つなので、1話を400〜600字で書いても2,000字前後です。口ぐせを20まで集めて20話にすれば、8,000〜12,000字。これくらいあれば、お客や取引先、これから入ってくる人が、会社のことを知るために読める形になります。
そのとき、線を1本引いておきます。下足箱の工場長の話は、取引先が読んでも困らない。材料をむだにした新人の名前や、もう取引の無い会社への愚痴は、本には入れず、社長の手元のメモに残します。
本に残す話は、AIが整えた文より、社長が話したままの言い回しのほうが読まれます。「あの工場長がさ、下足箱をこう、のぞいてね」という調子です。
そこまでやるかどうかは、1枚ができてから決めても遅くありません。
月曜の8時、ホワイトボードの横
できあがった1枚には、見出しが7つ並びました。いちばん上は「段取り八分」です。
日曜の夜、社長は印刷したその1枚を食卓に置き、赤ペンで「分からないことは昼までに聞け」の横に1、「自分の頭で考えてから来い」の横に2と書きました。
2の下には、小さく「30分考えて分からなければ、昼を待たずに聞け」と書き足しました。
翌朝7時50分、社長は休憩室のホワイトボードの横にその1枚を画びょうで留め、森田さんに2の行を指でさしてみせてから、朝礼を始めました。
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登場する人と会社に、実在のモデルはありません。アイキャッチのイラストはAI生成です。


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